「翻訳」にはどういったスキルが求められると思いますか?おそらく「翻訳は外国語を日本語に(もしくは逆に)置き換える作業だから、一番に求められるのは語学力だ」と思われる方が多いのではないでしょうか。
これはある意味、不正解なのです。
もちろん翻訳は元の言語を同じ意味の別言語に置き換える作業であることには違いありませんし、当然、語学力も必要です。
しかし、翻訳をする上で、特に大切なことは訳す作業そのものだけでなく、その前段階の「下準備」です。この作業を怠ると、一見訳せているように見えても非常に信ぴょう性や信頼度の低い、つまり低クオリティな翻訳が出来上がります。
単に言葉の意味を訳すだけにとどまらず、顧客が読んだときに「信頼できる」と感じるためにはこの「下準備」が不可欠です。
本稿では、デジタルドロップが翻訳作業の前提として心がけていることをいくつかのポイントに分けてご紹介していきます。
事実確認
まず大切なのは、内容の裏どりです。以下の英文を例にみてみましょう。
“Currently, the Internet penetration in Japan is very high and more than 90% of Japanese people use it. ”
この英文をそのまま訳すと「現在、日本でのインターネット普及率は非常に高く、日本人の90%以上がインターネットを利用しています。」となります。和訳としては間違いありませんが、これは「正確」でしょうか?
気をつけるべきポイントは「数字が出たら疑う」ということ。原文にこう書かれていたとしても、本当に日本人の90%以上にインターネットが普及しているのかをまず調べます。
総務省のホームページでは、2017年度のインターネット利用率(個人)が開示されており、そこで示されている数値は80.9%です。つまり「日本人の90%以上がインターネットを利用しています」という訳は、内容の面で正確さを欠く誤った情報なのです。
もちろん、2017年度以降のデータ(出典がはっきりしており信頼のおけるもの)が分かり、利用率が90%を超えている場合はこのままの訳でも問題ありませんが、しっかりとした裏付けができない場合は「日本人の90%以上が」とは訳さず「日本人の大半が」などの表現に置き換えます。
表記の統一
例えば“computer”という単語が出てきたとします。
この単語の意味自体が分からなくて辞書を引く、という人はあまり多くないでしょう。
それでは、この単語を日本語で書いてみてください。
あなたは「コンピューター」と書きましたか?それとも「コンピュータ」でしょうか?
一見単純に見える単語でも、その場その場の感覚で訳していると、表記が統一されず、ちぐはぐな印象を受けます。
朝日新聞出版社『朝日新聞の用語の手引き』を引いてみると「コンピュータ」ではなく「コンピューター」と書かれています。
しかし、IT関連を取り扱う企業のホームページを見てみると「コンピュータ」と表記されている場合も多く見受けられます。そのため、まずは依頼を受けた企業のホームページや出版物を確認し、どのような表記で統一されているのかをチェックしたうえで訳に取り掛かります。指定の字引きや用語集があればそれを使用しますし、はじめの段階から表記をきちんと確認しておくことで、出来上がった訳文のチェック作業を大幅に減らすことができます。
また、Googleトレンドを使用することで検索に引っ掛かりやすい表現を盛り込むことや、その業界でよく用いられる表現の調査も行います。例えば“employee experience”を自動翻訳にかけると「従業員の経験」となります。その他にもネットを検索すると「従業員満足度」「エンプロイー・エクスペリエンス(EX)」など様々な表現が見受けられますが、IT業界では「従業員エクスペリエンス」という言い方が多用されるため、こちらを使用します。
「色」の確認
内容や表記の確認だけでなく、依頼を受ける企業の「色」を把握することも大切です。その企業が出しているホームページや出版物などから言葉の硬さ具合や雰囲気を事前に確認しておくことで、統一性を保ちながら訳文を作成することが可能になります。
単に英文和訳、和文英訳の作業をするだけでなく、企業のブランディングに沿った翻訳を心がけています。
対象を把握する
専門的な知識がある人向けなのか、一般的な市場の顧客を対象としているのかによって、効果的な訳文の表現は異なります。そのため、誰のために向けられた文章なのかを正確にとらえて訳すことを心がけています。
また、その文章が目的としているのが宣伝か報告か、またそれ以外かによっても、ターゲットに刺さる表現は異なります。宣伝の場合は商品の利点をわかりやすく説明する必要がありますが、報告の場合はわかりやすい柔らかな表現よりも、簡潔な文章の方が適していると言えます。
この場合、はじめに全ての文章をざっくりと訳し、そこから語調や表現を修正していくほうが速いのでは、という方もいるかもしれません。訳自体は自動翻訳などを用いて、そのあとで校正を入れる方が効率がいいと思う人もいるでしょう。しかし、そもそも自動翻訳は(精度が高くなってきているのは事実ですが、それでも)正確でなく、全体的な脈絡を汲み取らないまま訳すので、このような手法は賢明な判断とは言えません。更に、いったん訳されたものを目にするとその表現に引っぱられてしまうため、最初から読者を意識した文章を作成するほうが効率がいいのです。
まとめ
翻訳は、単純に外国語を日本語へ(もしくは逆に)置き換えるという作業だけでなく、そのコンテンツの中で伝えたいことを把握し、正確な情報に基づいて、一定のクオリティを保ちながら行うことが重要です。翻訳者に依頼することで、より質の高い翻訳が完成するとともに、ひいては企業自体の信頼性にも貢献すると言えます。